[プレイ日記6]政剣マニフェスティア 通常戦挙区1-5「決戦の時」

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[プレイ日記6]政剣マニフェスティア 通常戦挙区1-5「決戦の時」

「政剣マニフェスティア」のプレイ日記第六弾!今回は、通常戦挙区1-5「決戦の時」、いよいよ通常戦挙区1最後の関門です。(;・∀・)

通常戦挙区1-5「決戦の時」

【シノブ・イチハシ】
総理! ついに見つけました。
この一帯を仕切っているヤトーの本部を。

【ナイカク】
・・・いいダスか、総理。こいつらは今までの奴らとは一味違うダスよ。

【シノブ・イチハシ】
そのヤトーの映像があります。水晶をご覧ください。

【ヤトー】
この町は我々が支配した! ギャー、ギャッギャッ!
コクミンども!我々こそが支配者だ!
いいか我々の名は・・・『ミンシュン党』だ!
よく覚えておけ、この地を支配するヤトーを!
・・・え、違う? 『ミンシュン』じゃない?
あ、そーだ。これ前のだ。
いいか、コクミン! 我々は『シャッカイ党』だ!
・・・いや、それはもうなくなったな。あれ、えっと・・・

『ミンシュン党』とか『シャッカイ党』とか出てきますが・・・あくまでも・・・(´・ω・`)

出典 http://image.itmedia.co.jp

このゲームはフィクションです。
実在の人物、団体とは関係ありません。
ホントに一切関係ありません。
ただの美少女が戦うファンタジーです。(;・∀・)

【ナイカク】
恐ろしいヤツらダス。気を付けるダスよ。

【シノブ・イチハシ】
恐ろしさは若干ピンときませんが・・・
ヤトーは組織をすぐに解散する傾向があるそうです。

【ナイカク】
なのに、懲りずにすぐ組織を作るダス。
何故そんな事をするのか、原因はいまだに不明ダス。
とにかく、全力で戦うのみ、ダス!

【シノブ・イチハシ】
頑張ってください、総理・・・!

戦挙区1-5のマップ

戦挙結果

【ヤトー】
こんなヤツにやられるとは・・・!
クソ、クソ、クソォォォ・・・

【シノブ・イチハシ】
やった、ヤトーを倒しました!

【ヤトー】
う、う、うぉぉぉ・・・

【シノブ・イチハシ】
総理、今の見ました?
そう・・・ヤトーは人だったんです。
・・・と、話は聞いてましたが、私も見るのは初めてです・・・
人がヤトーになる原因はいくつかあるのですが・・・

【シノブ・イチハシ】
それよりも、今はこの平和を喜びましょう。

【元ヤトーの男】
・・・のんきな奴らだ。まだ、コッカ中にヤトーはいるぜ。
平和なんて、よく言えるなあ。

【ナイカク】
言えるダス。我々には、この総理がいるんスから。

【シノブ・イチハシ】
ナイカク・・・

【ナイカク】
ま、正直、ボクもここまでやれるとは思って無かったんスけどね。

【シノブ・イチハシ】
・・・え?

【ナイカク】
一応、別の総理も探してたんスけど・・・余計な心配に終わったダス。

【シノブ・イチハシ】
・・・え、何ですか、それ? もしかして、ずっと留守にしてたのは・・・

【ナイカク】
別の総理のスカウト、ダス。

【シノブ・イチハシ】
総理の事、信じてなかったんですか?

【ナイカク】
何てこというダスか。信じてたダスよ。
裏切られるなんて、万が一にもないと思ってたダス。

【シノブ・イチハシ】
では、何故そんな事を・・・?

【ナイカク】
万が一のことを考えてダス!

【シノブ・イチハシ】
総理、すみません・・・
ナイカク・・・裏であんな事してたなんて・・・

【ナイカク】
お喋りはそこまでダス!

【ナイカク】
ヤトーが現れて、ついに公布したダス。
「トンデモ条例」を・・・!

【シノブ・イチハシ】
え、「トンデモ条例」・・・まさか・・・あの・・・?

【ナイカク】
さあ、行くダス。ホントの戦いが始まるダスよ・・・

政剣マニフェスティア 通常戦挙区1-5 決戦の時

クリア報酬

通常戦挙区1-5をクリアすると、政霊「アリシア・ヤマータ」さんをゲットできます。

装備:君臨の剣(トカゲ・ノ・オッポギリ)
スキル:攻速の祝福

ゲームとは全く関係ありませんが、第3代内閣総理大臣山縣有朋をご紹介

山縣 有朋[注 1](やまがた ありとも、天保9年閏4月22日(1838年6月14日) - 大正11年(1922年)2月1日)は、日本の武士(長州藩士)、陸軍軍人、政治家。階級位階勲等功級爵位は元帥陸軍大将従一位大勲位功一級公爵。内務大臣(初・第2・第3代)、内閣総理大臣(第3・9代)、元老、司法大臣(第7代)、枢密院議長(第5・9・11代)、陸軍第一軍司令官、貴族院議員、陸軍参謀総長(第5代)などを歴任した。
長州藩領内の蔵元仲間[注 2]三郎有稔(ありとし)の子として生まれた。幼名は辰之助、通称は小助、のち小輔、さらに狂介と改名。明治維新後は有朋の諱を称した。高杉晋作が創設した奇兵隊に入って頭角を現し、後に奇兵隊の軍監となる。
明治政府では軍政家として手腕をふるい、日本陸軍の基礎を築いて「国軍の父」とも称されるようになった。官僚制度の確立にも精力を傾け、門閥や情実だけで官僚文官官吏が登用されることのないように文官試験制度を創設し、後進を育成[1]。山縣が軍部・政官界に築いた幅広い人脈は「山県系」「山県閥」などと称される。
晩年も、陸軍のみならず政官界の大御所、「元老中の元老」[2]として隠然たる影響力を保ち、「日本軍閥の祖」の異名をとった。ただし国政に深く関与するようになってからも、自身では「わしは一介の武弁」と称するのが常であった。伊藤博文と並び、明治維新期に低い出自から栄達を遂げた代表的人物である。
自身が得た最高位の階級は陸軍大将だが、元帥府に列せられ元帥の称号を得ており、元帥陸軍大将と呼称された。国外でも大英帝国のメリット勲章など、勲章を多数受章している。

出典 http://ja.wikipedia.org

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次回に続きます。

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